私の好きな人と私の好きな人の好きな人

 

 

横山さん元気かな。美味しいご飯食べてるかな。あったかい布団で寝てるかな。今私の頭にあるのはこんなことばっかりだ。

心配というよりも、笑顔でいて欲しいという願いの成れの果てのような何か。

ごめんなさい、こんな重たいオタクで。

 

 

 

 

 

私は、横山さんの口から出る「すばる」という呼びかけも「すばるの話」も大好きだ。

「めっちゃ彼女気取り」「話さなくても居心地がいい」なんていうどんだけ仲良しなのって話から、「すばるゲーム下手くそやねん」って子供みたいな話、大倉くん含めた3人で朝5時までモンハンやって1回嘘みたいに全員寝た話、すばるくんの下ネタに笑いながらたしなめたりしてるのも大好き。

 

逆にすばるくんの口から出る「ヨコ」という呼びかけも「ヨコの話」もやっぱりめちゃくちゃ好き。特に横山さんのトランペットの話をする時のすばるくんとかたまらなく。

トランペットを始めた時、「すげぇ」って嬉しそうな顔で言ってたこと。スカパラさんとMVを撮影した時の横山さんの様子を愛おしげにラジオで語ってたこと。ずっと横山さんがトランペットを持ったことを喜び、CDまで渡し、「今日は良かったんじゃないですか?」なんて言って褒めてた声のトーンも表情も大好き。

「娘を結婚させるなら?」で横山さんを選んだ理由が「ヨコなら変なふうにならん」だったこと。「旅行の時飛行機のチケットとかぜんぶやってくれるんですよ」ってバラエティで言ってたこと。あの2人だけのなにかが大好きだ。

 

 

 

だからとっても寂しい。

横山さん越しにすばるくんの話をいっぱい聞いてたから。横山さんからすばるくんへの色んな感情を載せた声を愛おしく思ってたから。当然、すばる越しの横山さんの話も。あぁ、今までみたいに当たり前に横山さんがすばるくんを呼ぶ声も、すばるくんが横山さんを呼ぶ声が聞けなくなってしまうのかと思った。

 

そして同時に悔しかった。家族みたいとか兄弟みたいとか幼馴染とか友達とかそこまで言える6人よりも、あなたの日常をずっと彩り続けた6人よりも、選ぶべきものがあったこと。そしてその選んだものは私が好きになった彼の音楽だったこと。

横山さんが何気なくバラエティ番組で言っていた、「何十年後かもこんなバラエティしてんねやろな」なんていう些細なようで未来を信じていた願いが叶わないことがつらい。

 

昨日は感情がグラグラしてこんなことばっか考えてた。だから、当分見れないかなと思ってたジャムのDVDを見た。私は関ジャニ∞で元気を出す方法しか知らなかったから。見て、特典のドミノで死ぬほど笑って、本編で死ぬほど泣いた。だから今は昨日みたいな感情が落ち着いて、寂しいばかりが渦巻くだけになってる。今日の私のために見といてよかったね、昨日の私。

ただ今も時々もうちょっと甘えたっていいじゃんって思うこともある。横山さんが「1年休んでもいいから」と言ったように。でもすばるくんにとっては俺がいなくても関ジャニ∞は続く、という信頼が実は甘えなのかもしれない。オタクには何もわからないけれど。

 

 

 

 

 

私は今でも横山さん、すばるくん、村上くんが等間隔に並んであいだに年下組が2人ずつ入る図が見れなくなることが信じられていない。バンドの時、年上3人が三角形を描くことがもうないことも理解出来てない。

 

 

でもファンであり続けることにはなんの迷いもない。この三日間、私の頭にやめる選択肢はミリ単位もなかったから。これがまぁびっくりするほどなかった。関ジャニ∞が、すばるくんが愛している関ジャニ∞が好きだから。

 

 

あー!寂しい!めちゃくちゃ!寂しい!!そして困るくらいすばるくんが大好きだ!

 

 

 

 

 

ひたすら輝く赤い星

 

こんにちは。気持ちを整理するためになにか文章にしようと思ったんですが、いざ開いてみるとどうすればいいか悩みますね。

これは私のメモのようなものです。感情のメモ。整理をするためのメモ。

 

どう切り出せればいいか分からなくなったので、とりあえず順を追って話してみようと思います。

 

 

4月15日、ちょうど10時に起きていつも通りTwitterを開けました。関ジャニ∞のオタク(というかジャニオタ)やってると寝てる間に世界が変わってることがよくありますから。TLを追っていけば、いつも通り日曜の朝に見慣れたニチアサツイートがあり、その一番上に「なんかメールが来てる」というツイートがありました。メールか〜と思ってフォルダ開けてみてみれば、「メンバーからのお知らせ」と言った趣旨のメール。正直、ざっと血の気が引きました。2日ほど前にあった週刊誌は笑い飛ばしたような人間です。所詮、三文記事ですから。何も知らない人が想像で書いたんだって笑ってました。今でもあの記事はねぇな、って思います。それでも頼むから何もなくあって欲しいとあのいやに落ち着いたメールの文面を見て思いました。

そこから1時間くらいかなぁ。色々考えてました。人生で初めて朝食が喉を通らなくなるくらい。でも他人のつぶやきで知るのも嫌でした、自分の目で見たかったから。だから、ノートパソコンを用意してずっと正座をして待っていました。あんなに長い1時間、もう無いかもしれないですね。

 

11:00になって、すばるくんの言葉の二文目を見て最初に自分の口から出たのは「なんでなん」でした。読み進めれば読み進めるほど彼の文章から強い意志を感じました。理解もしました。でも何度も「メンバー」と出てくるのを見て、この人は関ジャニ∞が好きなのになぜってやっぱり思いました。頭で一応理解したときにはもう泣いてました。そして読み進めると、メンバーのコメントが落ち着いてるように見えて私も落ち着かなきゃなんて思いもしました。今見たらそんなことなかったんだけど。

テレビをつけてみると、泣いてる横山さんが映ってて。今日が来なければ、と言ってて。喉元がぎゅっとなりました。好きな人が泣いてるところは見たくないのに。でも会見を見れたのは良かったと今も思います。あの本人達の言葉を届けてもらった時点でやっぱり一度落ち着いたから。

 

コメントも会見も今まで出ていたしょうもない推測をあざ笑うかのようなもので、この人たちはすごいなと思いました。

 バラエティ番組が嫌になったとか?という質問に表情を緩めて「責任をもって否定させていただきます」と言ったすばるくん。先輩からの影響や、先輩に相談などはされましたか?という質問にと食い気味で否定していくすばるくん。あの姿を見て、あーやっぱりすばるくんが好きだー、だってめちゃくちゃかっこいいんですもん。

「(一番印象的なことは)楽屋の雰囲気」

これを聞けたのも嬉しかったなぁ。関ジャニ∞はあまりにも楽屋が大好きだなって度々思うんですが、渋谷すばるが21年間アイドルを続けた中で一番印象に残ったのがこの日常風景だったってすごいですよね。すばるくんは私が想像出来ないほどのたくさんの景色を客席を経験をしているのに、そこで選ぶのはメンバー7人だけで過ごした空間なのかって。

 

すべてを通して完璧で完全な会見だったと思います。あんなの見たら私たち、悲しんで寂しがるしか残ってないもん。なんでと思ったことも全部聞いてくれていた。最善策をいくつもいくつも用意して聞いていた。多分、私が思いつくことなんて全部聞いてくれてたんですよね。「どうして」が無くなったらあとはもう悲しみを消化するしかなくって、でもそれはみんなもそうなのかなぁって。それぞれの感情を顔に浮かべたままの彼らを見てそう思いました。分からないけどね。

いっそ嫌いと言えたら良かったのに、でもあんなの見て嫌いなんて言えなくて、むしろやっぱりこの人達のこと好きだなとまで思って。こんな時まで好きだって思わされるとはなぁ…ずるい。関ジャニ∞を好きになった過去の私は大正解だとおもう。

 

 

 

今日の朝起きた時に、あれ夢じゃなかったんだってショックでした。また最初の気持ちに戻っちゃったんですよね。テレビを付けたらどこもかしこもこの話題で、あっ本当だったんだーって。今日の方がこんなにしんどいなんて思ってもなかったし。なんか何を見ても渋谷すばるがいなくなるとは思えなくて、本当に?って気持ちが今はとても大きいです。多分、これはきっと6人になった姿を見ても思うと思います。

永遠なんてないとは分かってたつもりなんですけどね。「自分のグループは大丈夫」なんて心の隅で思ってたんですよ、恐ろしいことに。だから何見ても思考と感情は一致してないし、心の整理がつくことがむしろ怖い。時間が解決するとはいうけれど、それはどれだけの時間をかければいいのか、それは本当の解決なのかも分からなくなってしまいました。

 

ただすばるくんの、あのグループが大好きなあの人の、友達みたいで家族みたいで兄弟みたいな人たちの言葉を聞いても変わらなかった意思を見るとやっぱり頑張ってねって言うしかないじゃないですか。私が人生で初めてこんなにも好きになって惚れた7人のうちの1人なのだから、絶対かっこよくなって帰ってこないと怒ります。でも私の知ってる渋谷すばるはかっこよくなって帰ってくる男だと信じてます。だって、今まで見てたすばるくん見たらそうだとしか思えない。

 

あー、私は応援してるようで実は関ジャニ∞に応援してもらってると分かってるのに、何回も彼らに助けてもらってたのに、こんな時に何も出来なくて無力だと思いました。私が泣いてる時は勝手に関ジャニ∞に自担に助けてもらってたのに、私はあんな顔する自担には何も出来ないってこんなに落ち込むんですね。

でも、今は彼らに対して私たちにしかできないことがあればいいなって思ってちゃんと生きようと思います。ちゃんとご飯を食べてちゃんと寝る。元気がないなら休んでもいい。でも少し頑張れるなら仕事も学校も行く。頑張らないと出来ないけれど、自担は頑張るを頑張るって言うから私もそうしてみようかな。

 

 

7人の形が変わることを素直に今受け入れられた訳ではありません。結局これも支離滅裂、書きたいこと書いただけになりました。なんも整理ついてなくて、笑うしかありませんねいっそ。私の知ってる関ジャニ∞はすばるくんがいる時しか知らないから。でも本人たちもそうだよね、ごめん本当にこんなこと言って。

 

どうか、この終わりが7人の希望の始まりのきっかけになりますように。今はそれをひたすらに祈るのみです。絞り出すような頑張れしか言えないし、泣き顔でなんて言いたくないから、いつか大声で笑顔で言える時が来てほしいなぁ。

 

 

もしここまで見てくださった方がいらっしゃったらですが、これは私が思ったことです。私の「今の」スタンスです。私の中でもこの感情は変わるかもしれないんだから、あなたと私の意見も当然違うと思います。だから、あなたはあなたの速度で、あなたにあった形で。そして、また同じ現場で会えたらそれはとても幸せです。

 

 

 

 

 

 

映画「羊の木」の「羊」と「人間」の関係性

 

 

 

羊の木、公開おめでとうございます!

2日目に見に行けましたので、気になったこととか、ネタバレをメモ書きの意味で書いていこうと思います。

 

 

 

 

「羊」とは

宗教的な羊

よく、キリスト教で「迷える子羊」というように、聖書ではよく「羊」「子羊」という単語が出てくる。羊というのは習性として、「先導者について行く」という性質を持っており、そのため羊飼いという存在が羊らを牧草地まで導いていく。この構図から、人々は羊。そして何をすればいいかわからない羊(人間)を導いてくれる羊飼いをイエス・キリストと比喩している。(イエス・キリストの象徴的な呼び方として、善き羊飼いというのがある。)(また、神の仔羊もキリストを指す言葉である)

 

 

メタファーとしての羊

「羊」というのは、基本的に被捕食者、つまり弱者の立場にある。そのため、彼らは群れという集団を作って行動し、狼などから狙われにくいようにしている。

大江健三郎の作品に「人間の羊」というものがあるが、この中では外国兵は強者、日本人乗客は弱者(羊)である、と読める描写があり、他にも「犠牲の羊」という単語が出てくる。「犠牲の羊」とはすなわちスケープゴート(生贄、身代わり)という意味合いが強い。

こういったことからも、羊は動物であるというだけでなく、社会の中の弱者も指すのではないだろうか。

 

 

映画内での「羊」

では映画の中での羊は誰になるのか。これは、きっと魚深に越してきた6人の元受刑者たちだと思う。映画の中で、市役所の課長(月末の上司)によって「何の問題もない、とされても身元引受人が居なければ仮釈放が出来ない。しかし、今回居住地と勤務先が決まれば大幅に刑期を短縮して釈放できるようになった。」「魚深の過疎対策と刑務所の経費削減のための政策である。」といった説明があった。つまり、この6人の元受刑者は身元引受人のいない独り身。また、刑務所から帰ってきたというのは、彼らがたとえ更生していたとしても付き纏う重たい過去で事実だ(だから、月末たちもそれを隠して受け入れてくれるように各所に頼んだのだし)。なかなか周囲の目も気になるだろう(実際、福元さんは過去を知られることに怯えていた)。

こういった姿から、6人の姿は先導者のいない「迷える子羊」に重なるように私には思えた。「羊」が「群れ」を探しそこに溶け込み生活する=6人が自身のコミュニティを探し、この小さな町で過ごす、は同義なのではないかと冒頭は感じた。

 

 

 

 

 

 

「のろろさま」 と「のろろ祭」

のろろさま、めっちゃ怖い。夢に出そうなフォルムしてるほんと。

「のろろ」とは、舞台である魚深に祀られている土地の神のこと。「もとは海からきた邪悪な化け物だったが、村人との戦いに敗れて守護神となった」とあり、崖の上には巨大な像が立てられ、年に1度「のろろ祭」が開催される。古来その姿を直接見ることは禁忌とされていて、劇中でも町にいる人々は家に篭もり、祭り会場にいる人々は「のろろさまがいらっしゃいました」の言葉と共に顔を伏せる描写がある。

こういった、地方に伝わる言い伝えは人に少し恐怖心を与えると個人的に思っているのだが、今回羊の木では元々存在した人間への不信感による恐怖に、この得体の知れないものへの恐怖がプラスされていたな、と感じた。まぁ、6人の元受刑者ものろろさまも得体の知れない人である、といえばそうなんだけど。

劇中ではこの「のろろ祭」を境に、平穏はどんどんと失われていく。杉山は自分以外にも同じ立場の者がいると気付き、コンタクトを取り、退屈な日常から抜け出すために再び犯罪に手を染めようとする。そして、宮腰は昔の敵を取りに来た男や杉山、また無関係の男を殺してしまった。

ここから宮腰と杉山、二人の元受刑者は「群れに溶け込もうとする羊 」なのではなく、むしろ「群れに溶け込もうとする羊を脅かす存在」=「狼(捕食者)」だと考えられるのではないか。

 

 

 

 

 

 

「羊の木」

タイトルの「羊の木」は、原作漫画の表紙や映画内での看板にもなっているが、これは羊が木に成るという伝説の植物「バロメッツ」が元だそうだ。またスキタイの羊、ダッタン人の羊、リコポデウムとも呼ばれる。かつて、ヨーロッパ人が「綿は羊の木から採れる」 と思っていたことから、羊の木とは「どこまでも純粋で単純な発想」「信じるという事」という意味だと原作では説明されている。つまり、「羊の木」という作品は、前科持ちの新住民との関わりによって「人を信じることとは何か」のようなものが問われているんだと思う。

先ほど映画「羊の木」の中での羊とは元受刑者6人のことを表しているのでは?と言った。また、劇中で出てくる羊が5匹の木に成っている絵も6人を表しているのだと思っていたが、そうだとすると矛盾する点がかなり出ている。

 

1. 5匹の羊と6人の元受刑者では数が一致しない。

2. 宮腰と杉山は社会のコミュニティに溶け込まなかった、平穏を脅かす存在である。

3. 福元(水澤紳吾)の勤める理髪店の店主も前科持ちであった。

 

これらも踏まえてみると、あの5匹の羊は社会に溶け込むことのできた人たちを表しているのではないだろうか。理髪店の店主は十数年前に魚深に来て、市民に受け入れられた人間の一人だ。福元は理髪店の店主に受け入れられ、太田(優香)は月末の父と恋人関係になった。大野(田中泯)には、元ヤクザだと知っても店にいればいいと引き止めてくれるクリーニング店の主人がいた。最後、二人でセルフィーを撮っていた場面はほっこりする。栗本(市川実日子)は命を落とした小動物を埋葬し続け、ラストシーンではそこから芽、つまり新しい命が誕生した。

この5人は自分が変われることを信じ、また他者からも信じられた人々=羊の木だと考えられた。

 

 

 

 

月末と宮腰の友情

宮腰のことを最後まで信じ続けたのは月末だった。 もしかすると、宮腰本人より信じていたのかもしれない。

月末は町に来た人に「いい町ですよ。人も良いし、魚も美味いし」と繰り返し言い続ける。基本的に月末が能動側、会話の始まりを握っている。しかし、宮腰だけは「いい町ですね。魚も美味そう」と自ら会話を始めた。また月末に「月末さんはいい人」だとも言う。月末は本人の気性か宮腰の言葉のせいか、いい人であり続けた。先入観を持たないように振る舞い、友達にまでなった。

宮腰は度々、「それはどっちの立場で謝っているの(聞いているの)?友達として?市役所として?」と聞き、その度に月末は「友達としてだよ」と答える。しかし、宮腰からすれば実はその言葉が一番信じ難いものだったんじゃないだろうか。恋人関係になった文(木村文乃)は、宮腰が元殺人犯だと知って怯える素振りを見せた。それが大多数の反応だ。なのに月末は最後まで「友達だろ!」と言い続けた。宮腰にとってはそんな月末が理解出来なかったのかもしれない。

宮腰は、友達を求め、崖から共に飛び降りる人(共に生贄になる人)を探しながらも、その実「友達」という言葉を一番信用していなかったのかもしれない。だから彼は羊(群れに溶け込む人)にも羊の木(信じる人)にもなれなかったんじゃないだろうか。一見サイコパスのように見えるが、心の底では他者との繋がりを一番求めていたように私には見えて切なく思えるのだ。

 

 

 

 

主題歌「Death Is Not The End」

 主題歌にはボブ・ディランが発表したものを、ニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズがカバーしたものが使われている。この曲が収録されたアルバム名は『Murder Ballads』=殺人者の歌で、アルバム名から曲名まで「羊の木」を思わせるような主題歌だ。
  Just remember that death is not the end

 死は終わりではないことを覚えておいて

というフレーズは何度も繰り返されている。死は終わりではない、はまさに6人に向けて歌われているよう。更生に向けて新しい世界を見ている4人にとっては、これからの人生への希望を。宮腰と杉山にとっては、生まれ変わったあとの新しい人生への希望を与えているのではないか。吉田監督としては、「この歌が「希望」と「絶望」のどちらを歌っているのか、何度聴いても分からない」らしい。確かに聞く人の心理によっては希望とも絶望とも取れる歌詞だ。(曲調は明るめなのに)

 

 

 

 

おわりに

ひたすらに思いついたことを書き連ねたのでめちゃくちゃ分かりにくいですが、観た人のいろんな感想が楽しみな映画でした。もう1回整理しつつ観たいなぁ。新しい発見とかありそう。吉田監督が錦戸亮をキャスティングした理由に「普通の人の演技が上手い」「翻弄される姿がかわいい」といったものがあったけど、それを実感しました。6人が初めて来た時の亮ちゃんの演技がすごく可愛い。どう接するべきなのか、戸惑ってるような感じとか。あと、ことごとく振り回される側の役が似合うし好きだなとも思いました。同じ公務員で県庁おもてなし課があったけど、あの時も周りの人に翻弄されてる姿が印象的だったな〜ってなったので、また見れたのめちゃくちゃ嬉しかったです。あと、こんな市役所職員いたら通いたい。普通に。

というわけで一旦おわります!!

 

 

 

 

 

 

追記→最後に文が崖の上から呼んだのは恋人の宮腰ではなく月末だったのは、最終的に信用したのは月末だったからなのかなんなのか考えています。

 

 

 

 

Death Is Not the End (2011 Remastered Version)

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  • Nick Cave & The Bad Seeds
  • ポップ
  • ¥250

 

 

 


 

 

 

『泥棒役者』とその主題歌『応答セヨ』の作用

 

 

泥棒役者、公開おめでとうございます!

初日の舞台挨拶中継回を早速見てきまして、宣伝の通り『超喜劇エンターテインメント』でありながら、ところどころ胸がぎゅっとなる、最高の映画でした。さっきまで笑ってたのに、気づいたら泣いてたみたいなのが何回もあったので。まるちゃんにあの役を、とキャスティングして下さった西田監督には感謝しかありません。

 

今回は『泥棒役者』とその主題歌『応答セヨ』の話をしたく、でもTwitterにはまだ映画を見てない人も多いので、こちらで書こうかと思います。(ネタバレダメな人は見ないでね)

 

   

 

 

 

泥棒役者』と主題歌『応答セヨ』


「つまずいてばかりの僕を 君だけは笑わなかった」
から始まる『応答セヨ』は、基本的に「僕」「君」のふたつの人称で構成されています。ラジオで初めて聞いたときは、「僕」という自分と「君」という他人がいるんだと思っていましたが、歌詞をしっかり読むと「僕」=「あの日の僕」「遠い日の僕」=「君」。つまり、「僕」現在の自身を、「君」過去や子供の頃の自分自身を指していることが分かります。


「君」は、将来の夢や大きくなった自分に色んな夢を持っていたのでしょう。ですが、「僕」「君が思うほどは まっすぐに歩いてこれなかった」んですよね。大きくなるにつれて色んな挫折や後悔を味わい、その姿は純粋な子供の頃の夢と違った。ある意味、別人ではありますよね。だから一人称のと、二人称ので今と過去になってるのかな?

 

  

そんな『応答セヨ』は『泥棒役者』に非常にあっています。ぴったりすぎて、それで泣いたところもある。

 

泥棒役者』はまるちゃん演じる大貫はじめが主人公です。はじめは真面目に働き、恋人と共に幸せに暮らしていますが、実は少年院に入っていたという過去がありました。その過去を恋人に告げていない、ということをいいことに脅され、はじめは再び盗みの手伝いに手を染めてしまいます。

 

この時点で、『応答セヨ』は主人公、はじめの曲なのでは?と思ったんですよね。ほんとに小さな時、幸せな家庭がはじめにもあった時代、彼にもいろんな夢があったはずだけど、つまずいてしまった。もしかしたら、今は子供の時の夢のようにはなれていないのかもしれない、なんて感じます。

ですが、それだけではありません。豪邸に来たセールスマンの轟、前園の担当編集者の奥も実は心の中で引っかかったままのものを抱えており、さらにはファンキーでポップな明るいキャラ付けがされている前園先生も実は、今は売れっ子作家ではない、ということが分かります。

 


前園邸に集まった4人はそれぞれ夢を持っていたけれどそれがままならず、どこかでつまずいてしまった人達なんですよね。過去も経歴も職業も全く違うのに、境遇が同じ人たち。『応答セヨ』はそこにぴったり当てはまるのです。
西田監督と色々と話をしてこの詞を書き上げた晴一さんすごすぎない……?

 

 

 

 

 

泥棒役者』におけるスターライダー

 

流星、つまり流れ星が流れている間に3回願い事をする、っていうのは小さなときからよく聞く話ですよね。『応答セヨ』の1番では「子供の頃に 願い事をかけた」流星に「いつかまた逢えたら その背中へと 飛び乗って」スターライダーになるのだと、未来の自分の姿を空想しています。流星=なりたかった自分、のようですが1番の時点ではかなり仮定の話なんですよね。しかも、あまり本気にはしていない感じの。

 

ここはさっきも書いたように、映画内でそれぞれ昔は夢を抱いていたのに、今は夢とは違った姿になった4人の姿が見られます。

 

 

 

そして2サビ

「ピントずれた望遠鏡 映し出す後悔」

「灰色の景色に 浮かぶ昨日の僕」

「いっそ目を閉じちゃって」

「見たかった世界を心に描こう」

 

前園邸に集まった4人は、1日共に過ごすにつれてそれまで心にあったしこりのようなものが溶かされていきます。初めは勘違いから始まった不思議な関係が、共に過ごすにつれ、気のおけない仲間のような関係へと変化する。その関係の変化とともに、自分の心もどんどんと前向きな気持ちへの変わっていくのです。「昨日の僕」を見ないふりして、前向きに「見たかった世界」を心に持ったように私には思えました。

 

そしてラスサビの最後

「まだ見ぬ世界 今 飛び立とう」

「僕はスターライダー」

 

1番のサビの仮定的なものとは違って、最後は今から共に旅立とうとしています。流星は昔願い事をかけた、なりたかった自分ですから、それと共に飛び立つということは、夢に近づいているんだと思うんですよね。今までと違う世界に、前向きに飛び込んでいこうとする。

 

それは、前園邸で色んな事件がありながらも、そこで過ごしたことで心境の変化があったみんなと同じだと思います。はじめは恋人に過去を告げることにした。さらに前園先生は「タマとミキ」の続編を、轟はセールスマンとしての一歩を、奥は編集者としての仕事の意義を見つけ、なりたい自分への一歩を踏み出し始めました。

前園邸から出て、これからの自分自身に希望を抱きながら飛び立った人たち。 

多分その一歩踏み出した彼ら自身が、スターライダーなんだと思います。

そして、ちょっとした後悔や色んなことがあったけれど、この映画を見て元気や勇気をもらえた人もスターライダーになり得るんじゃないでしょうか。

どんな人でも、なりたかった自分になれるかもしれない。そんな希望や可能性を、映画にも主題歌にも私は感じています。

 

 

 

 

最後に

 

西田監督と作詞をされたポルノグラフィティ新藤晴一さんがやり取りをして『応答セヨ』の歌詞が出来上がっているとわかり、だから『泥棒役者』と『応答セヨ』の起承転結が一致しているのか、とこの文章を書きました。ほんとにリンク性が強い。『破門』と『なぐりガキBEAT』もそうでしたが、『泥棒役者』と主題歌『応答セヨ』はワンパッケージのようなものなんだと思います。個人的には、双方、互いによって完成する、みたいな感覚。それぞれめっちゃエモいんだけど、合わさると超エモいみたいな。

 

色んな考察をしてますが完全に個人的主観です。皆さんはどう感じたのかも見てみたいですね。解釈は10人いれば、10通りあると思いますし。

 

皆さんお時間あれば是非とも劇場で『泥棒役者』を見てください。ストーリーが終わってからの『応答セヨ』は納得の主題歌でしかありません。最高。エンドロールの途中に組み込まれているちょっとした話もとってもいいです。そこにも、4人とは別に一歩を踏み出した人がいますよ。 

 

 

 

 

 

追記

ここまででは触れてないんですが、私的に1番ぐっときた歌詞は

「垂直ジャンプ 0.5秒 20センチ しょぼくてゴメン」

「それだって 空に近づいたと 言い張っていいでしょ?」

でした。すばるくんの歌い方でこの歌詞歌われたらめちゃくちゃ胸がしんどい。歌番組はTVサイズなのでここを聞けないのが非常に惜しい………聞きたいからライブでやって……

 

あと『応答セヨ』はインストゥルメンタルまで最高。ピアノのグリッサンドやウィンドチャイムが星のまたたきや流星の音みたいで個人的に好きなのと、2Bのサビ前でボーカルのラインをベースがなぞっているのもよく聞こえます。作詞も作曲も天才。ヤバい。ちなみにインストは通常盤に入ってるよ。1234円だよ。お得か。

 

 

 

映画

映画「泥棒役者」公式サイト 11/18(土)公開

 

主題歌

応答セヨ(通常盤) インフィニティ・レコーズ https://www.amazon.co.jp/dp/B075ZQHL3C/ref=cm_sw_r_tw_awdo_x_yNveAbPG5MMXT

 

 

 

 

なぐりガキBEATが最高な話

 

 

ジレッタぶりに書いています、お久しぶりです!!!!

 

 

 

関ジャニ∞の曲ってめちゃくちゃいい曲、状況によって聴きたくなる曲が本当に多いんですが、そんな中での『なぐりガキBEAT』って私にとって、特別な位置にいるんですよね。

 

 

『なぐりガキBEAT』たまらん!!!140字じゃたりない!ってなったのでここに書くことにしました

 

 

 

 

 まず横山さんの話を

横山さんは度々なぐりガキについて話しています(そういう質問も多かったんでしょう)。

破門期には「なぐりガキBEAT流れてるの聞くと、関ジャニ∞に応援してもらってるみたい」と言ったり、関ジャニ'sエイターテインメントのコメンタリーでなぐりガキを見てる時は「この曲めちゃくちゃ評判いい」と言及しています。

DVD破門の特典コメンタリーでは「関ジャニ∞で主題歌させて頂いたのも感慨深い」、月刊Songs7月号では「人一倍思い入れがある曲ですから」と横山さん、ことある事になぐりガキに触れることがめちゃくちゃ多いんですよね。それを聞いたり見たりする度に胸がギュン!!!ってなるんですよ……………

 

 

歌番組とかで見てもそれが伝わる気がしてて

 

なぐりガキリリース時は関ジャムはもちろん、バズリズムやMステなど色んなところで披露されましたし、その後も3月にプレミアムフライデー枠(?)で出演したMステでも、一番最近ならMUSIC DAYでも歌われていましたよね(MUSIC DAYなんかはジレッタの後なので、また違ったなぐりガキの横山さんが見れました)

 

 

それを見る度に、一番最後のステップからの手を大きく回して下ろす動作がいっつも綺麗で……………すごい大事そうなの……………

 

 

 

『なぐりガキBEAT』は横山さんが掴み取った佐々木蔵之介さんとのW主演映画『破門』の主題歌ですし、さらにその曲の冒頭は横山さんがめちゃくちゃ努力して得たトランペットから始まってて。

そういう曲を横山さん本人が思い入れがあるって言うの聞くだけで、本当すごい嬉しくなるというかなんというか…………

 

 

 

この曲は二宮啓之という男が変わっていく過程が描かれた『破門』にすごく沿っている歌詞です。

「怖じ気づいて隠してた度胸 ここでひとつ見せてみろ」

とか、桑原さんたちを助けに行くときの二宮くん思い出すしかない…………

 

逃げたり、はぐらかしたりしてた今までの自分を思い出したけど、それを振り払うかのように何かを変えようとした二宮くんに本当にぴったりなんですよね。

 

ただそれだけじゃなく、私は横山さんのことも思い浮かびます。

 

横山さんは何かのドアを開けて、色んなきっかけを掴んで、夢を掲げ続けてるように私には見えてるから

 

 

 

そりゃ私、特別好きにもなるわ『なぐりガキBEAT』

 

 

この曲が、コンサートとか色んなところで見続けれたらいいな、と思います

 

 

『なぐりガキBEAT』はいいぞ!!!!

 

 

 

なぐりガキBEAT(初回限定盤)(DVD付)

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なぐりガキBEAT(通常盤)

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『上を下へのジレッタ』をみた横山担の話

 

 

はじめに

ジレッタ大千秋楽おめでとうございます。

Twitterを見たら、みなさんのジレッタへの愛が溢れかえっててすごい楽しい。まさかのジレッタが初ブログですが、まあ備忘録的な意味も込めて。

 

 

 

FC枠のチケットが全滅しながらも、なんとかお譲り頂いたりプレイガイドで取ったり当日券で行ったりした。ほんっとにチケット探すの諦めなくてよかった。見れてよかった。横山さんの演技、歌、ダンスを見れたのもだけど、一つの演劇としてめちゃくちゃ面白い。

 

そんな私のジレッタ初日は6/3で、東京公演の前楽。なんとなくネタバレを見ないようにしてたので、どんな感じなのか分からないまま向かった。その時の様子はというと、終わった頃には「ヤバイ」「無理」しか言えない語彙力低下人間になっていた(いつもだけど)し、そのまま惚けながら京都に帰った。(そして当日券をキメることになる)(中毒性がすごい)

 

とりあえず今6/3、6/12.14.18を見終えた上での、感想と考察を書いていきたい。

 

 

 

横山裕』が『虚構の共犯者』を歌うということ

 『虚構の共犯者』は冒頭とリプライズで登場する、かなりジレッタの中でも耳に残る歌だと思う。(WSの映像でも流れてたのはこの曲だし)

テレビを作り上げる側である門前一郎が「すべてまやかし すべては虚構」と芸能界を皮肉る、なかなか強烈な歌(作り上げる側=全てを知っている人だからこその歌かな)で、そんな歌を歌うのが『アイドル』の『横山裕』なのがかなりパンチが効いてる。アイドルは偶像。そして横山さんは本名で活動する人が多い中、唯一事務所内で『横山裕』という芸名を貰った人。そんな人が「すべてまやかし すべては虚構」って味付け凄まじすぎない?????極めつけは「列を乱すな 事務所の序列を」という歌詞。これはプロデューサー役の玉置さんが門前に対して歌っているけど、それをジャニーズという大きな事務所にいる横山さんに向かって歌ってんのが凄い色々考えてしまう。たぶんこの辺は同じ感想持ってる人がいっぱいいるんじゃないかなあ。

あと

これがマジ最高大阪公演のドスの効き方とかマジで強さしかない。浜野謙太さんが「横山くんの低音がいい」と仰ってたけどわかるオブわかる。あの響く芯のある低音をまたどこかで聞きたい………

 

 

門前一郎

この人がもう死ぬほどずるい。

 そう、門前一郎死ぬほどボディタッチが多い。

「やったなあチエ〜」ってハグしながら言うし、「すまないチエ、許してくれ」と手を取りながらいう(しかもこの辺の喋り方が絶妙にねちっこい、好きです)。山辺には言い聞かせるようにする時、肩に手を置いて耳に口を近づけるし、「ジレッタを使わない」と言った時には、門前が山辺の肩に頭を擦り付けながら引き留めようとする。有木社長にまでハグ。ともかく、よく人を触りながら喋る。相手が自分に都合のいいように動いて欲しいときは特に。それが狡い。もしかして、この人(門前)自分の使えるものはなんでも使うタイプ……?くらいの邪推をしてしまうくらい。男も女も猫なで声のボディタッチで誑し込んでいる気がした。

 

 

 そして門前さんが最っっっっ高に最低だと思ったとこですねこれね。

 

ジレッタ館が出来て客足は上々な所にリエが現れるが、「平凡な男になった」と失望しリエはその場を立ち去る。で、その直後にチエに「土曜日に部屋に行くよ。それまでにコンディションを整えておけ」と告げる。しかもジミーの一件があるから、俺には逆らえないだろう、という脅しを添えて。

いやもう、リエに振られた腹いせと、自分の立ち位置を守るためだったりするのかなあ………門前のプライドはかなーーりお高いから、どうにかチエに言うことを聞かせて、振られたのを無かったことにしよう、みたいな。己のプライドがかなり大事そうだし。(あとこのシーンは門前がチエのほっぺを人差し指でなぞったり、肩を撫でる仕草がめちゃくちゃいやらしい。土曜日起こることを想起させるような、含みを持たせた触り方をしてた。)

 

でこれは倉持さん(演出家)か横山さんの案なのか分からないけど

これどうでしょう?

NDAが出来て「なにかね?」「あのリエかね?」「通したまえ」と秘書と話す門前はちょっと偉ぶったおじさんみたいな喋り方になっている(リエには「何なの、そのしゃべり方は」とも言われる)また、原作ではNDAが出来たあたりで門前にチョビヒゲが生えている。これは、舞台ではヒゲを生えさせられない分、喋り方でちょっとした門前の変化を表したのか、と個人的には思います。

 

 二組の男女

ジレッタには門前とリエ、オンちゃんとキミちゃんという対極的な2組が登場する。

まずは門前とリエとの関係性。先ほど、門前はボディタッチが多いと言ったけど例外だな、と思った人がいる。それがリエ。M10『野望と現実のはざまで』で跪き、リエの手を取る門前はいたけれど、チエや山辺に対してよく見かけられためちゃくちゃ近距離で喋る、みたいなのは無い。

 

 

チエも山辺も有木社長も門前一郎の「勝気で強気でプライドの高い弱みのなさそうな男」という1面しか見てないはず。そして、門前一郎の周りにはたくさんの人がいたけれど、それは彼が作り上げる、魅せる虚構に集まったのであって、誰も本当の門前は見てない。「大嘘つき」で「希代の詐欺師」「天才マジシャン」なフィクション専門の、虚構の天才門前一郎は、自身も周囲も虚構(うそ)に塗り固められてたと思う。そんな中、登場人物でリエだけが唯一、門前の本当の姿を見ていて、完全に堕ちたところを見ている(チエのデビューコンサートの失敗後が顕著)。何もかもを知られている相手に猫なで声で話しかけたって、どう考えても無駄だろうね。そう思うと、あの中で門前一郎自体を理解していたのはリエだけなのかなって……………最高…………

ただ、理解はしてても、2人ともプライドがめっちゃくちゃ高いから素直にはなれない。自ら「あなた(お前)が必要だ」とは決して言わない。むしろ、「俺を必要だと言え」「なぜあなたは、お前が必要だと言えないの?」なんて言い合いをしている(M20『ただ一つの真実』)。素直になって…………

ここでジレッタに投げ込まれた時の門前とリエの言動ですよ。突然現れた馬に怯えるリエは門前の後ろに隠れるし、門前もリエの盾になる。リエが馬に囲まれたなら「俺の女」と言いながら取り返そうとするし、門前が撃たれれば「馬なんかにぃ………」と言いながらリエが泣く。

ここの、初めての体験(ジレッタ)に動揺しながらとった行動=本心なのかな、って。そう思ったらお互いのことをめっちゃ好きでしょ???そうでしょ???やっぱり素直になって??ってなる。(素直になると話が全く変わる)

 

この門前からリエへの執着心の強さ!!!!離婚後出会った晴海なぎさには『チエ』という『リエ』とよく似た芸名をつけて、公共放送後の逃亡先にはリエが向かったジュネーブを選んで。

門前は成功すればリエが戻ってくるって信じてた、むしろ帰ってこないわけがない、と思ってたのかな。だからジレッタ館にリエが来た時、あんな自信ありげに「今なら仲間に入れてやってもいいぞ」って言うし、NDAに来たリエが「再婚するの」って伝えた時「………なに?」って今までのご機嫌どこいったんレベルの低音で聞き返す。

でも門前がジレッタを利用してる以上は、成功してようがリエは帰ってくるわけないんだよ〜〜〜〜!!リエは、門前が一から作り上げ、他人にどう思われようがいい、みたいな姿に惹かれていたんだから。ジレッタという「他人の才能」を使って、偉い人に媚を売る門前は、リエの好きな男からかけ離れてしまった。リエは媚び売って成功を得るよりも、たった1人でやり遂げて自分の好きなようにする門前の、たった1人の味方でありたかっただけなのになあ。

 

 

逆に素直に想いをお互いに告げるのが、オンちゃんとキミちゃん。

M21『食うか飢えるか』リプライズでは

「世界中に認められて きみに「凄いダンナ」と言われたい」に対して

「世界中が 認めなくたって 私が認めてあげる」と答える。

キミちゃんの痩せた姿より、いっぱい食べて普段の姿が好きなオンちゃん。ジレッタなんてなくたって、オンちゃんを認めてあげられるキミちゃん。キミちゃんもオンちゃんも、「君の(あなたの)そのままが素敵でそこが好きだよ」ってちゃんと伝えられる。

門前もリエが唯一の味方でいてくれることは心では理解してるはずなんだけど(そうじゃないと、「もう会うこともないだろうよ」って飛び出したマンションに戻らないでしょ)、「必要だ」と言わないだけでこんなに関係性が変わるのかとしみじみ思う。

 

 

『ジレッタ』

「つづく」が「おしまい」になったとき、どこまでが「ジレッタ」という現象だったのか真剣に考えた。

山辺の最初のジレッタは私たち(観客)への紹介も兼ねたもの、あと山辺があそこで未だに生きれた理由を教えるものでしょ(あと、私たちが最初のジレッタの観客)。ただあそこの時点で既にジレッタと現実の境界線が曖昧に思えた。それが階段から降りてきたジレッタの住人の山辺と、ジレッタを生み出して何とか生きている山辺のやり取り。柱が邪魔だ、とウロウロする辺(ジレッタ)に、「お願いしまーす」と柱をどけさせるのは現実の山辺で、さらにジレッタの山辺は「ビルを支える柱だろ!?」と動揺する。やること言うことがなんか逆っぽいんだよなあ、ここ。多分逆なら、こんなにずっと気になったままにはならないだろうな、と。

そしてその直後、「もしかしてこれもジレッタか?」という山辺の問いかけで暗転する。このセリフによって更にジレッタの境目が分からなくなった。(もしかしてその時点で私たちはジレッタにのまれてた…………???)

 

 

 

初観劇時、極彩色のジレッタの世界で、最初から最後までモノクロに包まれていた門前一郎は、異端であるように感じた。ちなみに冒頭でカラフルなコートを纏った横山さんが出てきたが、あれは門前一郎でも何者でもない人だと思っている。「一億人に約束された明るい未来」なんて綺麗事を「すべてまやかし すべては虚構」とぶち壊すのが門前一郎だから。コートを脱ぎ捨て、不遜な笑みを浮かべた瞬間から門前一郎のショーが始まってると個人的には思った。
ジレッタの世界は、山辺のソロ(M7「ジレッタ1」)しかり、公共放送(M18「虚構の共犯者」リプライズ)しかり、花魁やエログロナンセンスがつめられたような衣装で非常にきらびやか。でも唯一、「地球最後の日」と銘打ったジレッタは白を基調としたモノクロの世界となる。狂信者もジレッタを作り上げた山辺もジレッタのヒロインのチエもみんな白を纏う。ストーリーを通して、あの時だけモノクロだった世界は、フィクションを作り上げる側だったはずの門前が、制御しきれなくなったフィクション(虚構で妄想)に飲み込まれる暗示のように思える。

と私はTwitterで言ってた。あと、山辺が竹中社長を狂わせたときに

門前「俺が思ってる以上だな、ジレッタの威力は」

山辺「ああそうさ、だから覚えておけ。俺はアンタを発狂させることだって簡単に出来るんだ。」

って会話を交わしてたのも、伏線かな????

キミちゃんがいなくなった山辺は、世界なんてどうでもよくなった。でも、門前さえいなければこんなことにはならなかった(門前も「恨んでいるのか 俺と出会った運命を」と歌ってる)。そうなると、山辺は地球最後の日という題材で、門前に裁きを下したのかな?みたいな。裁きを下し終えたジレッタの世界の神と女神(山辺とチエ)が最後手を取り合って、門前に全ての終りを告げるように私は見えたから。

まあ、全世界をジレッタというフィクションで支配するのが無茶あったよね。『食うか飢えるか』での「現実(うつつ)ありきの夢でしょ」が核心をついてる。現実がなければ夢は見られないのに、その現実を妄想で覆おうとした時点で、門前には制御できない。だから最後の最後、「虚構の天才」門前一郎が「フィクション」を拒み、「現実」に縋りつこうとしたのが、なんとも必死で、愚かしくて、可愛そうで息をするのを忘れてしまうんだなあ…………

 

おわりに

 気づいたら7000字近く書いててちょっとやばみを感じたし、振り返ったら何が書きたかったの感あるけど、自分が感じたことをとりあえず書けたのでもういいわ。

オタクをこれだけいろんな考察に導いてくれる『上を下へのジレッタ』ヤバい。手塚治虫大先生は天才だし、この脚本を書いてあんなふうにまとめられる倉持さんすごい……天才だ………

横山さんが「プレッシャーもあったし、負けそうだった」って挨拶で言っていたけど、最後までそんなふうに見えないし、しんでも見せようとしない横山さんほんっっっっっとにメッッッチャかっこよかった。 横山さんの代表作になって、糧になって、次はさらにすごいのを見せてくれる気しかない。こういうとき、この人応援しててよかった〜!!!っていっつも思います。いつまでもあのキラキラした所に立っててください〜〜!!!

あ〜〜〜!!!ありがとう横山裕〜〜〜!!!

そして、いつも楽しそうな様子を教えて下さるジレッタカンパニーのみなさんありがとうございました!!

 

 

 

 

ドストライクシーンをメモがわりに綴る

・冒頭、長いコートを翻しながらターンをする横山さんさすがジャニーズ あれ強い

・でファルセットはやっぱり至高

・横山さんソファに座って足組む時、1度足を上に蹴りあげて足組むの最高

・リエがプロデューサー(玉置さん)を追い払う感じ最高にクール

・門前さんが基本チエを呼ぶ時の感じが対わんちゃん呼ぶ時で最低です(好き)

・初めてチエが美人になったときのスライディングとローリング毎度楽しみだった

・ピアノ弾く動作する横山さんロイヤルみが深い

・身長差ある門前さんとチエセットも、身長差あまりない門前さんとリエセットもよい

・「無能だからじゃないですかぁ?」の門前さんによる完全なる煽り芸

・ばーちょん(馬場徹)が最高

・偽りの代償で崩れ落ちながら歌うジミー見て私が泣きそうだった

・「門前謝罪しろ!」って言われて怯える顔した門前さん(というか横山さん)めっちゃいい

・絶望顔が似合うよね……………

山辺のジレッタでライフルを肩に担ぐ門前さん性癖です

・ハマケンさんのソロ、在日ファンクだ〜〜〜!!!ってなれるのすごい

しょこたんのあの細い体から出る力強い綺麗な歌声

・ユイカちゃんの清涼感のある綺麗な歌声

・『ハロージレッタ』で金色のキラキラが降る中で舞台の真ん中に立つ横山さんを見たくて、いつもそこは絶対双眼鏡取った

・「聴診器はもーういらないっ」って行進してきた門前さん、突然どうした感あって好きです

・竹中さんフリータイムはすべてよい

・有木社長近く通った時めっちゃいい匂いしたんだけど

・アイドルの逆襲の風刺の仕方すごいね…………(例の総選挙次の日に聞いたのがめっちゃタイムリーだった)

・アイドルになったからアイドルを名乗るんじゃない

・アイドルを名乗るからアイドルになれるのよ

・私をジレッタに出して!って言ってる女の子のなかで、デニムのショーパンはいた子が1番好みです

・チエちゃんの威嚇の仕方が完全に猫 可愛い

・「ばれーずにやるのが嘘の醍醐味」って歌い始める前に、首かしげるの最高ほんとにマジで

・門前さんのソファピョーン、机ピョーン

・「一世一代の大勝負だァ!」の言い方

・有木社長「ずぉっと」

・「むかつく奴は 撲殺 銃殺」で横山さん指舐める動作するのめっちゃエッチなんだけどあれなんなの????

・ジャケットプレイ 両足広げて腰落とすやつ

・暗転してる時に、銀粉蝶さんの腰に手を添えながらはける横山さん

・CAさん2人とも可愛いよね

ジュネーブ来てから狂い始めた門前さんね……………

・Aラインワンピースしか着てなかったのに、ジュネーブでは全く違う形のワンピースを着てるリエ

・「そういえば旦那さんはバイヤーだったっけ?」の優位に立ったような言い方

・『ただ1つの真実』でリエに「嘘なら言えるでしょ?」って言われてても「その嘘は言えない」っていう門前さん

・生まれついての大嘘つきが唯一つけなかった嘘

・リエつよい……………

・「いきなり美人に」「そっちぃ!?」

・マフィアと電話する門前さん、ちょっとした怯え感じ取れてよい

・AveDILETTA Aveはさよなら、こんにちはとか意味があるけど誰に呼びかけてるのかな

・反り返って高笑いする横山さん狂気に溢れてて良い

・どんどん走馬灯のように出てくる門前さんの関係者のなかでも竹中社長のラスボス感はすごい

・あと横山さんの怯える声の出し方いいなあ

・すべて終わった、みたいな茫然自失とした顔を双眼鏡でガン見する私

・絶望顔似合うよね(2回目)

・毎度毎度生を絞るような最後がたまらなく好きです

・カテコでアンサンブルの方が出てきた瞬間、こんだけしかいないの!?ってなるやつ

・1人の役数の多さがすごい

・最後ノリノリで踊るユイカちゃん可愛さしかない

・ジレッタカンパニーを背中に、両手を広げる横山さんは、横山さんと門前さんが曖昧になる瞬間だと思ってます

・ダブルピースで終わる彼は横山さんなんですけど

・大阪でいつも「立ち見の人もありがとうございました」って言ってくれるの元気でた

・音楽終わるまで手拍子して、終わったら拍手に切り替わるあの会場の雰囲気があったかくてよかったなあって